風邪引きの合間に『桐島、部活やめるってよ』を読んだ感想

書籍レビュー
昨日書いたように、私風邪でした。
体は少し軽くなっても、何もやることがない。てか、家族にうつすとマズイのでウロチョロできない。薬飲んですぐ寝ると吐いちゃうから起きてる。
ヒマだ。
あ、『桐島、部活やめるってよ』買っておいてあった。読もう。
てなことで、感想を書きます。
ざっくり言うと、
なんか、思ってたのと違ーう、でも面白い!だった。

若いって趣味悪い!

この作品のテーマはズバリ、スクールカースト。遅ればせながら大学でスクールカーストを経験した私は、元々このテーマに興味があって、
スクールカーストならコレを読め!」
と巷で言われる本書を手に取った。
舞台はとある地方の高校。バレーボール部のエースでカーストトップの桐島が部活を辞めたことから始まる、各カーストに属する生徒たちの葛藤や心情変化を描いた作品。
ただ、私が最初にぐっときてしまったのは、
若い女の子って、中身のない男好きになっちゃうんだよね!
ってこと。
空っぽなやつの代表格として描かれるのが菊池宏樹の友達竜汰。
吹奏楽部の部長である沢島亜矢は、階級差を自覚しながらも、竜汰のことが頭から離れない。友達(トップグループからハブられて話相手が欲しいだけで亜矢といるっぽい)志乃も、亜矢ほど強くはないが、竜汰に好意を寄せる。竜汰の彼女もミサンガ手編みするほど彼が好き。
でも、の実態は毎日楽しく過ごすこととセックスしか考えてない、ファッションと髪型だけはキメた空っぽな男だ。
私も空っぽな男に片思いしてた過去を思い出して、「うわわわわわわあああああああ」ってなってしまった。
なぜ、スクールカーストのなかでは空っぽでも魅力的でいられるのかは、これを読んでも正直わからない。登場していない桐島や風助のような好きな部活に打ち込んでたり中身ある子たちもトップなわけだし。
とにかく、朝井リョウさんは女子でもないのに、特性わかり過ぎ。人間観察能力がめちゃくちゃ高いのだと思う。

スクールカーストへのフラットな目線

それぞれの章で一人称で語られる形式なんだけど、とてもフラットな目線で全てが描写されている。一人称なのにどこか客観的で冷めてる。
「上」の子たちに、反感があるわけでもなく、「下」の子たちに憐憫の目を向けるわけでもない。
表現がフラットだからこそ、「上」と「下」が強調される。スクールカーストの残酷さが浮き彫りになっている。
読み始めはちょっと高校生怖っと思った。ただ、ちょっと描写甘くね?と思うところが少しあった。

共感できない理由

私は、いい本っていうのは、誰が読んでも、一人共感できる登場人物が見つかる本だと思っていた。
だけど、『桐島、部活やめるってよ』には登場人物誰に対しても共感できない。
例えば、終盤のこの二人。
まず、後半の菊池宏樹の章から、すごい違和感があった。
章が終盤に差し掛かるこの一節。
大丈夫、お前はやり直せるよ、と桐島に言ってやろう。お前は俺と違って、本気で立ち向かえるものに今まで立ち向かってきたんだから、
ってとこで「???」となってしまった。
やり直すって何を?って思う。今さらバレー部に戻ったところで、やめようとした過去は変わらないし、仲間と余計気まずいだけ。それに、本気で立ち向かえるからこそ桐島はカーストと部活の馬鹿らしさに気づいて舞台から降りていると私は思う。だからこの物語にも出てこない。
そして、その「やり直せる」が、映画部の二人に「ひかり」を見出した結果の答えみたいだ。言われる前田たちも気の毒だと思う。
14歳のかすみの章も、なんかモヤっとする。
中学のバドミントン部でいじめられ、浮いてる親友の友未にこれからも友達でいると告げるシーン。
14歳であまりにも成熟し過ぎてる。ただ、こんな子がいてもおかしくないかなって思う。自分だったら、同じ歳でこんな風に声をかけられるか?かけられたとしても、失敗して相手怒らせそう(笑)彼女は高校に入り、変わってしまうわけで。前田涼也から背を向ける。

セリフゼロの主人公スクールカースト

ところどころ甘い彼らの言動も、全てスクールカーストをより強固なものと描写するための装置になってると思う。
宏樹は、映画部にわけわかんない憧れ持って、桐島に「やり直せる」なんて上から目線示しながら、散々サボった野球部に戻ろうとする。本気で立ち向かえるものを見つけるのは素晴らしいんだけど、その過程が自分勝手もいいとこな気がする。
かすみは、高校に入ってから、前田涼也と喋らなくなる。それは、中学時代に友未にした宣言の不実行であって、自分の気持ちに嘘をついている。それに気づきつつ、沙奈たちから離脱はできない。
彼らがこんな滑稽な劇を誰のために演じているのか。やっぱりスクールカーストしかない。
自分に相応しいグループの一員になるためのニーズを満たす毎日。そのうち、自分が何をしていたのかも、本当は自分が何を思っているのかもわからなくなって、広大なようで狭苦しい学校が世界の全てかのように振る舞う。スクールカーストを中心に。
つまり、終始一貫して出ずっぱりの主役はセリフゼロのスクールカーストだった。
登場人物に共感できなくても、「場」という巨大な主人公に惹かれて読みふけた。こういう形の面白い本ってあるんだと、著者が直木賞をとった年齢、24歳になってやっと気づいた私ぴーちゃんである。

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